我が国のたばこ造りは、公的独占が始まった明治後期から現在に至る100余年もの間、国と専売公社、その後身のJTといった一部の者達によって独占されてきた。
日露戦争の戦費調達のために始まった公的独占の影が、100年以上たった今でも、我々のたばこ文化を暗くて単調なものにならしめることになるとは、当時の為政者たちも考えていなかっただろうが、我々からすれば「まったく、迷惑な制度を作ってくれたものだ」という感じである。
しかしながら、今の我々に希望が無いわけではない。
「JT・農家・議員・官僚」の4者によって守られている現在の独占体系は、一営利企業であるJTが農家保護コストを国内のたばこの売り上げで賄えなくなった時点で崩壊せざるを得ないし、そもそも、JT発足の時点では、独占の廃止は既定路線だったのだから。
「JTの完全民営化=製造独占の廃止」は専売公社廃止の時点では既定路線だった
たばこの独占は、おそらくあと20年もしないうちにおのずと廃止されるだろうから、我々はその時が来るまでじっと待っていればいいのである。
とはいえ、ただ待っているのも時間の無駄だし、なんの予備知識もないまま参入するのはリスキーすぎる。
ということで、本稿では、JTの完全民営化=独占廃止後にたばこ造りに参入しようと画策する人々のために、「たばこ造りの参考書」てきなものを数冊紹介しよう。
もっとも、我が国でのたばこ造りの知識の独占・隠ぺいはかなり徹底されていたから、日本語で書かれたもので、かつ比較的手に入りやすいものは2冊しかないし、その2冊も、いまから50年以上も前に書かれた古書である。
100年以上も独占されている産業だから、当然のことながら、たばこ造りに関する書籍もほとんど存在しないのだ。産業の独占はすなわち、知識・技術の独占でもあったからだ。
また、参入規制のないアメリカやイギリスにも、そういった類の本は全然ない。
筆者がアメリカ滞在中に訪れたカリフォルニア大学デイビス校(農業分野では超名門校)の図書館でも、それらしき本は発見できなかったから、ひょっとすると、たばこ造りの知識は世界的にみてもかなり統制されているのかもしれない。もしやロスチャイルドとかイルミナティー的なアレなのだろうか?(笑)
まあ、あっちではホビーとしてのたばこの自家製造は合法なので、「たばこの作り方」てきな軽い感じの本は結構ある。今回はそういう本も2冊紹介しよう。
「煙草工業」 1950年/仁尾正義著(産業評論社版)
この本はおそらく、日本に現存していて、且つ一般人が入手できるものとしてはもっとも詳しく、科学的で、実地的なたばこ造りの参考書である。
ページ数は参考文献や索引を含めると1000Pを超える。
著者の仁尾正義は、日本専売公社中央研究所の所長だ。
著者曰く、
“本書の内容は著者がかつて講義やプリントに用いた原稿を整理したものに、最近の研究を付け加えたもので、教科書用の便利と、説明を省略する意味において多くの図表を挿入し内容はいずれも基礎的な資料となる部分に力を注いで組み入れるという方法を取った”
また、専売公社副総裁曰く、
“本書は最近の技術書として適したもので、かつ、仁尾君は煙草事業に携わって以来27年もの間、技術畑とくに研究面に専念され――(略)――専門書としての権威を備えている近代煙草技術書の決定版である”
ということらしい。
おそらくこの本は、コンピュータなどまだない時代に、専売公社内部での技術伝達のために書かれた本なのだろうと思う。
内容は、当時のたばこ造りの技術についてめちゃめちゃ詳しく説明されているだけなので、興味がない人からすればめちゃめちゃつまらない、つまり、ほとんどの人にとっては全然つまらない。だが、関心がある人にとってはかなり面白いと思う。
筆者は、夜な夜なこの本を取り出してはニヤニヤしながら眺めている(笑)
ちなみに、筆者が古書店で入手した時の価格は、4000円ぐらいだった。ちょいと高いが、ページ数と内容の濃さから言えばむしろ全然安い。まあ、わざわざ買わなくてもいいのかもしれないけれど、もともとマイナーで部数も少なく、かつ1950年版ということなので、見つけたら買っておくことを個人的に強くお勧めする。
4000円は高いわ!という人は、たばこと塩の博物館の図書室にも置いてあったから、一度行ってみてきてほしい。入館料は150円ぐらいで、たしか書籍のコピーも可能だったはず。とはいえ、1000ページもコピーしたら諭吉さんが飛んでくけど。
「煙草の科学」 1941年/仁尾正義著(河出書房)
上述の「煙草工業」より10年ほど前に、同じ著者が書いた本。
「煙草工業」よりやや易しく、一般向け。かな?
ページ数は200P強、今でいうところの新書のような体裁だが、内容は結構専門的で、これだけでも普通にたばこ造りの基礎知識は学べるレベル。
出版年の1941年といえば太平洋戦争開戦の年であり、貴重な紙の資源分配と言論統制のため、出版物はもれなく検閲され、「日本出版配給株式會社」という配給元を通して販売されていたらしい。
この本の最後のページにも「日本出版配給株式會社」と印字されている。
個人的には、「煙草の科学」なんて本に貴重な紙を使うなよ!とツッコミたいwほかに使い道あっただろ!と。
まあ、1941年はまだまだ危機感とか無かったのかな?とも思うが。内容を見ても、戦時中を連想させる感じはあんまりしないし。
それと、国の専売時代、それも戦時中に、「煙草の造り方」てきな本が検閲をパスしたのがそもそも謎すぎるんだよな・・・
ちなみに、当時の価格は1円50銭。今でいうところの1万円ぐらい。くそ高いw
一方、筆者が古書店で入手した時の価格は500円。安い!!!
「TOBACCO」 2001年 / IAIN GATELY著
この本はどちらかというと「たばこの歴史・文化・経済史」てきカテゴリーな本。
ページ数は400P強。言語は英語。
著者の IAIN GATELYは、イギリスのジャーナリストで、たばこ愛好家らしい。他にもアルコールで同じような本を書いている。
今回なぜこの本を紹介したかというと、巻末の付録に、「How to Grow Tobacco」という章があり、その中で「たばこの育て方・造り方」が書いてあるから。
といっても、この章のページ数は7ページだけで、ホントにサラッと書いてあるだけなので、「煙草工業」とかと比べるとぺらっぺら。
それでも、全く書いてないよりは断然いい。
たとえば、この本の大部分の内容は大修館書店の「タバコの歴史」という本と同じような感じなのだが、そちらは不自然なまでに「たばこの造り方」てきな内容が抜けていて、あれではたばこの歴史の本質に全然迫れないだろ、と思うのだ。
筆者はつねづね、こういう歴史本には普通「製造の基本的な知識」みたいなのを入れるべきだと思っている。歴史=栽培や製造技術の歴史でもあるのだから。
独占の中の人たちがいかに知識の隠ぺいをしてきたかが、日英の本の比較でわかるいい例だ。
「HOW TO GROW YOUR OWN TOBACCO」2011年 / Ray French著
アメリカ、アラバマ州の菜園愛好家の書いた本。言語は英語。
Frenchは、農家の生まれで、もともと苗農家をやってたこともある筋金入りの菜園家。今は小売店のコンサルをやってて、菜園は片手間なようだが、「ノックアウトローズ」というピンク色のバラの品種をアメリカに導入した先駆者らしい。
本の内容は、ホビーとしてのたばこの造り方と育て方、みたいな感じ。
ブログでやれよwって感じの軽ーい読み物だ。
日本では、「趣味の酒造り」みたいな本があるけど、あれのたばこ版、というのがしっくりくるかなと思う。
たばこの自作が合法なアメリカがすごく羨ましくなる本でもある。
まとめ
今回紹介した本たちは、たばこ造りの知識が、恣意的に、あるいは自主規制的に隠ぺいされている日本という国に住む愛煙家にとって、なかなか刺激的で興味深い本だと思う。
特に、最初の二冊は、このままではロストテクノロジー化しつつある刻みたばこの製造技術を学べるという点で、かなり価値のある書籍でもある。
もちろん、今の日本では、JT以外の者によるたばこ造りは違法だから、上記の本を参考にしてたばこを作ってはならない。
「悪法もまた法なり」だ。
でも、自作を禁ずるたばこ事業法に未遂罪はなく、今のところ共謀罪も適用されないから、知識を得るだけなら全然大丈夫だ。というか、知識を得ただけで違法となったら、それこそ「煙草の科学」が出版された戦時中よりも恐ろしい世の中だ。
そもそも、多くの日本人はなにか「たばこ=悪=その製造については触れてはならないもの」のように誤解しているようだが、そういう風に勝手に自主規制的な雰囲気を作るのはわれわれの悪い癖だと思う。
最初に言ったように、JTの独占は未来永劫続く制度ではない。
将来のどこかで廃止され、その時には新規参入の扉が開かれる可能性も十分にある。(というか、農家保護という建前がなければ、憲法的・独占禁止法的に考えて、JTのみに製造権を与える根拠はなくなる)
制度が変われば、明治初期の数千社とはいかないまでも、全国各地にいろんなたばこメーカーが設立されるはずだ。
その時のために今からたばこ製造の知識を予習しておくことは、全然後ろめたいことじゃない。酒職人を目指す若者が大学で醸造を学ぶのとなんら変わらない。
もし大学の講義に「たばこ製造学」てきなものがあるとすれば、今回紹介した本の知識だけでも10単位分ぐらいにはなる。
完全民営化時代を見据えて、今からしっかりと予習をしておこう。
タバコの種のソクラテスの煙草
喫煙歴2年の大学生です。タバコへの熱意と奥深い知識、考察に感動しました。薄っぺらい感想で申し訳ないです。それでもこの気持ちを形に残したくてコメントをさせていただきました。
お気持ちだけでも十分にうれしいですよ。
一つの産業が国に独占されている状況、そしてその状況が人々に黙認されている現状の異常さ(すくなくとも私は異常だと思っております)に、思考を巡らせてくれる人がいることが。
大学2年生なら、私とそんなに歳は離れていません。
我々にはまだまだこれから先、長い人生が待っています。
分野はなんであろうとも、お互い頑張ってみましょう。