お気づきの方もおられるかもしれないが、当ブログでは、“たばこ”と“タバコ”の二つを使い分けている。
“たばこ”は製品になった状態のたばこ、法的に言うならば“製造たばこ”のことを指している。一方“タバコ”は生の植物の状態のタバコや、製造たばこになる前の原料のことを指している。たまにミスや混同で両者の使い分けが正しくないときがあるかもしれないが、なるべく正確に使い分けるようにしている。
今回は、その“たばこ”と“タバコ”の成分の違いについてすこし説明しておこうと思う。両者は、米と日本酒とまではいかないまでも、その成分に明確な違いがあるのだ。その成分の違いを説明するには、まずたばこの製法について説明しなければならない。
たばこの造り方には大きく分けて次の3つの段階がある。①栽培 ②乾燥 ③発酵 だ。
①の栽培についてはこのブログで詳しく取り上げてきたし、これからも取り上げていく予定であるが、②と③については全くと言っていいほど触れてこなかった。それは、タバコの種子を売っている私が②と③について詳しく紹介することが、「犯罪の幇助」に当たりそうな気がするし、そもそも当店で種子を買ってもらう際には、“この種子を栽培以外の用途に使わないこと”という契約を交わしているので、自分でたばこを自作しようという方はうちの店の顧客にはいないからだ。
だが、私の蔵書の中にはたばこの製造法について詳しく書かれた本やたばこ製造の専門書が何冊かある。代表的なものを上げれば、専売公社中央研究所長 仁尾正義著 「煙草工業」、Ray French著「How to Grow Your Own Tobacco -From Seed to Smoke-」などだ。
だから少なくとも知識の面から言えば、私はたばこを製造できる。ただ法的な資格がないからやらないだけだ。(残念なことにこの資格はJT以外の個人や法人には与えられない!)
さて、これでこのブログに“タバコのつくり方”的な記事がない理由がお分かりいただけただろう。しかし今回の記事を書き上げるためには、たばこの製造法について触れなければならない。読者の方々には、これを読んでも悪用はなさらぬようにお願いしたい。あくまでも「悪法もまた法なり」である。
まえがきが長くなったが、ともかく、たばこづくりには3つの段階がある。
①の栽培は省略するとして、②の乾燥と、③の発酵について少し解説していこう。
②乾燥(Curing)
言うまでもなく、たばこはタバコの葉を乾燥させたものだから、この段階は必須である。乾燥と一口に言っても、その方法は様々で、天日干し、薪で焙乾、温室干しなどいろいろある。葉を一枚一枚摘み取って乾燥させることもあれば、タバコの木を幹の根元から刈り取ってそのままの姿で乾燥させることもある(幹干)。なぜそのように種々の方法が存在するかと言えば、それは乾燥の速さや乾燥時の温度によって葉の成分に変化が生じ、その変化がそのまま喫味の個性となるためだ。
生の葉が乾燥されるとき、葉の中では様々な化学反応が起きている。その反応を起こしているのは葉の細胞の中にある種々の酵素だ。酵素によってデンプンは糖や有機酸に、タンパク質はアミノ酸やアンモニアに変わる。他にもさまざまな物質が酵素反応によって変化するが、基本的には葉の中の高分子物質がより小さく単純な物質に分解されていく。
これは秋に木の葉が紅葉するのと同じ原理で、刈り取られて命の危機を感知した葉が、葉の中にある物質を小さく分解し、植物体内の他の部位に輸送するための作用である。例えばニコチン含有量は生の葉より乾燥後の方がわずかに増えるが、それは窒素の輸送のために、タンパク質が分解されて、より小さく水に溶けやすい窒素化合物のニコチンが合成されたからだ。
種々の酵素にはそれぞれ、効果を発揮するのに最適な温度やpHがあるから、乾燥の方法も様々なのである。たばこ製造の肝は、この酵素コントロールにあると言ってもいいかもしれない。
③発酵(Fermentation)
乾燥された葉は、次に発酵のプロセスへと送られる。
もっとも、発酵といっても、チーズや納豆の場合のような“菌による発酵”ではない。葉にもともと含まれていた酵素による発酵だ。乾燥と同じように発酵の方法にもいろいろなものがあるが、基本的には、葉の中で酵素反応が起こるように水分と温度をコントロールすることがこの段階の要である。
たとえば日本の刻みたばこの発酵は、雨の日などの湿度の高いときに、自然にシナシナになった乾燥葉を数十枚~数百枚積み上げて圧力をかけるという方法で行われた。乾燥葉はそのままだとパリパリと割れてしまうから、水分を含んでシナシナにしけった状態で積み重ねたのだ。
発酵中は、酵素反応によって熱が発生する。キューバなどでは数千キロの葉を積み重ねて発酵することもあり、その温度は50℃を優に超えるほどになるらしい。酵素はタンパク質だから、あまり温度が高過ぎると失活して働かなくなってしまうので、積み重ねた葉に温度計を差し込み、ある温度に達すると積み替えを行うという。
タバコと同じように葉の中にもともと含まれている酵素を利用するものとして、紅茶があるが、タバコの発酵は紅茶よりもっと緩慢で、ふつうで1~2年、長いときには数年にわたることもある。私も詳しくは知らないが、ぺリックやペリークと呼ばれるネイティブアメリカン伝来の製法では、生のタバコの葉を絞るなどの操作を加えるらしいから、もしかしたら紅茶のように短時間の発酵で済むかもしれない。
タバコとたばこの違いは“発酵”にあり
さて、今回は表題にあるように“たばこ”と“タバコ”の違いを明らかにするためにたばこの製法について簡単に説明してきた。先にも言った通り、このブログでは製品としてのたばこを“たばこ”と、生の葉や乾燥されただけの原料葉を“タバコ”と呼んでいるが、その違いはまさしく、「発酵したか、していないか」というところにある。
これは「JT以外の者がたばこを製造してはならない」という法律の規制がある日本で、タバコを栽培するアマチュアの園芸家が身の安全のためにぜひとも注意しておくべきところである。というのも、「乾燥はしたが発酵はしていないタバコ」を堂々と作っている「JT以外の者」が日本にいるからである。
いうまでもなく、それはタバコ農家たちだ。
彼らは、収穫した葉を乾燥させてからJTに卸しているが、これは法律違反ではない。つまり、乾燥しただけでは「たばこを製造してはならない」という規定には触れないということである。
本記事の発酵のところで書いた通り、乾燥後の原料タバコは、次のプロセスである発酵時に、50度以上の温度になったり、1年以上の発酵期間をとったりすることによって初めて、製品としてのたばこ、すなわち法律上の“製造たばこ”になるのである。これだけの激しい酵素反応や熟成時間を経れば、“タバコ”と“たばこ”の違いはその科学的な成分にも当然あらわれてくる。検査をすればアンモニアや糖の量に明らかな違いがみられる。(I.A.Smirnou氏 の論文“Biochemie des Tabak”では、発酵の前後でアミノ態窒素の量が5分の1にまで減っていることが示されている)
だから、もしもあなたの菜園に巡査がきて、枯れたタバコの葉を見て「逮捕する」などと言われたら、迷わずその葉を検査に回せばいい。そうすれば成分の違いから、その枯葉がまだ“タバコ”の段階であることが判明する。これが通用しないようなら、日本のたばこ農家はいまごろ全員逮捕されているはずだ。少なくとも彼らは、乾燥のプロセスまではやっているのだから。
わが国では無許可の日本酒醸造は禁じられているが、米の栽培は禁止されていない。同じように、“たばこ”の製造はダメだが、“タバコ”の栽培までなら大丈夫だ。
とはいえ、葉は青いうちに処分するのが最も安全な方法ではあるのだが。
タバコ種子はコチラ