サクラメントに滞在していたとき、私は毎週のようにファーマーズマーケットに通っていた。カリフォルニアは、ファーマーズマーケットやオーガニックなど、いわばアリス・ウォータース的なカルチャーの中心地であり、州都サクラメントでもたくさんのファーマーズマーケットが開催されている。
ご存知の方も多いと思うが、ファーマーズマーケットとは、毎週決まった日に広場や駅などで開催される催し物で、地元の農家が自ら農産物を売りに来る朝市みたいなものだ。そこで扱っている物品は野菜だけにとどまらず、卵や肉、パン、オリーブオイル、ナッツ、魚(日本人から見れば全然新鮮じゃない。目が死んでいるw)、ザリガニ、生花、植木の苗など様々だ。面白いものだと、シオニストのなんたらとかいう陰謀論の本を売っているおじさんもいた!
マーケットでの私のお気に入りはデーツという甘ったるい黒色の果実で、スーパーで買うよか安かったので、マーケットに行ったときはほぼ毎回買っていた。でもたぶんあれは南カリフォルニアの産品だから、全然地元産じゃない(笑) あとはオレンジなんかも安くて美味かった。
だが、何より美味しかったのは、夏のトマトと冬のイチゴだった。
アリス・ウォータース一派の影響なのかは知らないが、ファーマーズマーケットに売っているトマトは、そのほとんどが“Heirloom”というジャンルの品種で、日本語でいうところの“固定種”だ。(“Heirloom”と“固定種”は厳密には違う。記号であらわすならHeirloom⊆固定種といった感じかな)
実は私は数年前から“Heirloom Tomato”にはまっていて、うちの菜園でも数十の品種を栽培し、種を採ってきた。でも、Heirloomの本場カリフォルニアのトマトは、私が日本で育てていたものとは比べ物にならないぐらい味が濃く、甘くておいしかった。
考えてみればそれはあたりまえで、あの気候の下で育ったトマトが美味しくないはずはないのだ。カリフォルニアの夏は、昼間とても暑く、雨がほとんど降らないので湿度はきわめて低い。そのくせ夜は結構冷えるので、半袖だと寒いぐらいだ。これはそのまま、トマトが美味しく育つ環境と合致している。寒暖の差と低い湿度のおかげで、トマトの成分は凝縮され、あのように美味しくなるのだ。
また、売りに来ている農家に聞いてみると彼らはグリーンハウスを使っていないこともわかった。日本では、春の寒い時期に、ビニールハウスの中で重油の暖房をガンガンにしてやっと手に入る味が、カリフォルニアでは真夏の露地で出来る。
イチゴにしても同様で、やはり露地栽培だといっていた。カリフォルニアのイチゴは日本のイチゴのように柔らかくなくて、人によってはあまり好きじゃないかもしれないが、私はあの硬くて濃くて、香りの強いイチゴにどはまりした。私の移動手段はいつも自転車で、土曜日なら10㎞ぐらい離れた駅前広場まで、日曜日なら5㎞ぐらいはなれた高架橋の下の広場まで漕いで行ったから、ショルダーバッグに放り込んでもつぶれない硬いイチゴはとても都合がよかった。昼前の閉店間際になると、売れ残りをおまけしてくれることも多かった。
ちょっと批判もしてみる
さて、ここまではファーマーズマーケットを絶賛しているようなことを書いてきたが、あの牧歌的な空間をそのまま礼賛してしまうのもあれだから、少し批判的なことも書いておこう。
まず、「オーガニックとかいうけど、それは金持ちのお遊びだ」といわれればそれは紛れもなくそうだ。ファーマーズマーケットは直接取引だから安いと誤解している方もいるかもしれないが、オーガニックやHeirloomにこだわっている分、SAFEWAYなどの低価格帯スーパーより高いか、よくてスーパーと同程度である。
冷静に考えれば、スーパーの効率化された物流システムに、毎回トラックで運んで来る農家が勝てるはずはないのだ。だから流通コストも価格に上乗せされているだろう。
また、客層を観察していればわかるが、圧倒的とは言わないまでも、現地の人口区分からすれば明らかにおかしい比率で白人が多いのもすぐにわかる。年齢層も比較的高く、金のない学生はあまり行かない。
ファーマーズマーケットに来る消費者は“モノ”ではなくファーマーズマーケットの雰囲気や思想に金を払っている。それができるのは金持ちだけなのだ。
次に、サクラメントに限ればだが、仕組みが結構ビジネス化している点が見え隠れしていた。
これは、週に4日~5日、それぞれ別の場所で開催されているファーマーズマーケットすべてに足を運んでみればわかる。どの場所でも同じ売り子に遭遇するのだ。つまり、あの農家たちは、日本でいうような零細農家ではなく、売り子専門部隊を各日ごとに別の場所に送り込めるほどには大規模で分業が進んだ農家なのだ。
そもそも、サクラメントのファーマーズマーケットが掲げる地産地消は、日本の感覚でいえば県産県消レベルである。私がいつもオレンジを買っていたメキシコ系農家は、町から20数マイル離れたところから来ているといっていた。これは埼玉から東京とかそのぐらいの距離である。これなら、わざわざファーマーズマーケットで個別に販売せずに、スーパーの物流ラインに乗せたほうがエコだ。でもそうしないのはオーガニックビジネスのほうが儲かるからだろう。カリフォルニアでは今、オーガニックがアツいのだ。
それでも、ファーマーズマーケットはすさんだアメリカ人のオアシスだ
上記のように、批判すべき点もあるにせよ、毎週同じ場所でちょっとしたお祭りみたいなものが開催されているのは、単純に結構楽しかった。生産と消費、地域や住民の分断が日本とは比べ物にならないぐらい進んでいるアメリカの人々の精神に、あの空間がつかの間の安らぎを与えていることも多分に感じられた。たぶん、彼らにとってのファーマーズマーケットは、週末にだけ現れるオアシスみたいな場所なのだ。
そんなアメリカと比べれば、日本はすでに地産地消が達成されているといっていい。地元の農協で格安の野菜を買えたり、住宅地からそう遠くない農家の軒先に無人販売所があったりするのも、アメリカ人から見ればうらやましい光景だと思う。日本の農業の大規模化は確かに必要なのかもしれないが、大規模化しすぎた後で、寂しさに気づいて、あえてファーマーズマーケットなんか作って必死にもがくようにはなってほしくないと思う。
まあとにかく、カリフォルニアの主要都市では大体ファーマーズマーケットがあると思うので、機会があったらちょっと寄ってみるのをお勧めする。夏ならトマト、冬ならイチゴをお試しあれ!
かっっったいモモ!