今からちょうど4時間前、街まで買い出しに行く途中の山道に、車にはねられて死んだアナグマが横たわっていた。
それを見つけた私は、すぐに車から降りて、その死体がまだかなり温かいのを確認してから、他の車につぶされないようにそいつを道の端によけて、とりあえず街まで買い物に行った。
20分後、再びそこに戻ってきた私は、ハザードランプを焚いて車を脇に止めて車から降り、またその死体を触ってみた。
そいつはまだ温かいままそこにいた。
大きさは中型犬ぐらいで、重さは7、8㎏ぐらいだろうか。頭を打ったらしく、目が少し飛び出て、口からは血を流していたが、体は無傷で外傷はない。これなら全然いけるぞ!と思った。
私は早速そいつの首根っこをつかみ、さっき買ってきた大きめのビニール袋に死体を入れた。生ぬるい死体は、死後硬直も全然してなくて、ビニールに入れるのに難儀した。
そのあと、すぐに家に帰って死体を車から降ろした。ダニが車に入っては困るからだ。
外傷が無いとはいえ、血抜きをしていない動物。
内臓が傷んでいるかもしれないし、口腔内の細菌が血液を通して肉を汚染するかもしれない。
肉にまで痛みが進行する前に、いち早く捌き、冷蔵する必要がある。
私は早速、外の水道にホースをつないで、アナグマの腹に刃を入れた。
この段階で、体温は多分30度ぐらいあったと思う。
横隔膜まで手を差し込むと、さっきまで生きていたのがひしひしと伝わるほどに生温かかった。血はまだまださらさらだった。
私は狩猟免許を持っているし、獲物を捌くのは普通の人より慣れているから、内臓を見るのに全然躊躇はしないし、特別な感情もあまりない。ただ、ロードキルされた動物を捌くのは初めてだったし、そもそもアナグマを捌くこと自体が初体験なので、腹の中がどうなっているか少し心配だった。
だが、実際に腹を開けてみると、内臓は無傷で、大した内出血も起きていないのに安堵した。
腹を開けたあとは、腹腔が思ったより狭かったので、胸骨を鉈でたたき切り、のどの辺りまで切れ目を広げた。
内臓のにおいを嗅いでみたが、全然臭くないのも意外だった。アナグマはカモとかより全然臭くない。「アナグマが一番うまい」という猟師の言葉の信ぴょう性が出てきた気がした。
気管と食道は喉の近くで切り、腹膜ごと内臓を出した。
直腸は肛門から数センチの辺りから肛門へ向かってしごき、フンを外に出してから切り取った。フンはやや緑色で、匂いは全然なかった。今は木の実の時期だから、植物質の食べ物ばかり食べているんだと思う。
内臓を取り出したら、四肢の先に切れ目を入れ、下半身から皮を剥いだ。
皮下脂肪がかなり厚く、手が脂でべとべとになったから、捌き途中の写真はあまり撮ってない。
アナグマは脂が美味しいというから、脂肪を丁寧に残して皮を剥ごうかと思ったのだが、適当に剥いでもかなり大量の脂身が取れそうだったので、速さを優先して適当に剥いだ。
首のあたりまで皮をはぐと、首の骨が粉々になっていて、左肩が脱臼していたのがわかった。
コイツは、左前側から車のバンパーにはねられて即死したのだろう。
どうせなら頭まで残りなく食べたかったが、首から上の内出血がひどいので、骨が粉々になっているところで切り取った。
そのあとは、手首と足首を鉈で切り取り、背骨のところから包丁を入れ背ロースを切り取り、モモと肩から四肢をバラし、背骨とあばらは鉈で三等分に叩き切った。首のあたりには結構肉がついていたのだが、内出血がひどいから、血が回ってないところだけ切り取った。
肉は全部で3㎏ぐらいとれた。
前足、後ろ足、ロースをセットにして、ビニール袋に入れ、すぐに冷蔵庫にしまった。
ガラも捨てずにとっておいた。捌いた感じでは全然獣臭くなくて、「これはいいダシが取れる」と思ったからだ。
一通り作業が終わった後で、この前「アナグマめっちゃ食べてみたい!」と言っていた友人に電話を入れた。その友人は寝ていたらしく、同居人の女性が電話に出たが、
「それなら明日取りに行くよ!!」とのことだった。
早速1セット売れた(笑)
そのあと、首のあたりの肉の切れ端を、フライパンでソテーして試食してみた。
香りは、野生のカモに似た感じで、イノシシのような獣臭さは全くない。
熟成は全くしていないし、3時間前ぐらいまで生きてたはずなのに、うまみはちゃんとあって、そんなに固くもない。ちょうどいい歯ごたえ。
正直、めっちゃめちゃ美味い。
猟師界の噂「アナグマが一番うまい」は、たぶんけっこう本当だ。
この肉があと1㎏あると思うとよだれが出る。
しかもその1㎏は「脂身付きの熟成済み」ときた。最高だ。
さっき、ほぼベジタリアンの彼女に電話したら「それなら食べる(笑)」ということだったので、残りの1㎏は明後日の夜、浅く熟成された頃に食べることになりそうだ。
アナグマからすれば、狩猟されようが車に轢かれようが、どっちにしろたまったもんじゃないはずだが、明日まで道に放置されて、ぐちゃぐちゃになった後でゴミ収集車に入れられるよりはましな最後だろう。
彼の体を形作っていた物質は、少なくとも、私と私の彼女、それと友人と友人の同居人の体の一部となって循環し続けるのだから。